最初に言っておく
この記事には嫉妬が含まれている。それは認める。
でも嫉妬があるからといって、ここで書くことが間違っているわけじゃない。
友人のKeiさんが「人生にコントロールを、やはり日本のエンジニアは海外に行くべき」という記事を書いている。その記事では自分(ryoppippi)のことを「スタープレイヤーが海外就職を果たした例」として紹介してくれている。ありがたい。
Keiさんの言っていることは正しい。給料の話をするなら海外、特にSFベースの給与は日本と比較にならない。俺もその恩恵を受けている一人だ。海外に行くことでキャリアの選択肢が広がるのも本当だ。
ただ、この記事で言いたいのはそこじゃない。
自分はryoppippi。ccusageというCLIツールの作者で、今はSFのスタートアップRorkでAIエンジニアをしている。ccusageは今12,000スターを超えた。Findyが主催する技術系のMeetUpに行けば「ccusage使ってます!」と声をかけてくれる人もいる(Findyでの登壇記事はこちら)。
それでも日本のX、特にAI系インフルエンサー周辺では、日本人が作ったものと同等、あるいは時にはそれ以下のプロダクトでも、海外のエンジニアのものとして紹介された方が大きく扱われることがある。
日本人を安売りしてる奴ら。インフルエンサーやメディアが「欧米すごい、日本ダメ」を売り続けた結果、日本人自身がそれを信じるようになった。この構造に、全部の問題が詰まっていると思う。
余談だが、この記事を書きながら「ccusageって強いエンジニアの例として使っていいのか」と自信がなくなった。12,000スターのOSSを作った人間が、それでも俺を例に出すのをためらう。これが呪いだと思う。なぜこんな話をするかというと、過去の自分に見せたいからだ。2024年に無職になったとき、踏み出すまでに半年かかった。「どうせ海外は強い人たちの場所」「日本に戻ればeasyに仕事もらえる」と思ってグダグダしていた。その話は別のブログに書いた。
今年30になる俺が、あの頃の自分に向けて書いている。「欧米すごい」で飯を食ってる奴ら、全員くたばれ
日本のエンジニアリングは普通にすごい
まずここをはっきり言いたい。
日本のエンジニアリングの品質は高い。テストを書く。設計を詰める。コードレビューが機能している。俺の観察だけじゃなくて、海外に出た日本人エンジニアが口を揃えて言うことだ。先日出演した海外キャリアログでも、カナダで働く日本人エンジニアたちと話したが、みんな同じことを言っていた。
Londonで数週間だけある小さなスタートアップを手伝ったことがある。コードがクソだった。TDDもしていない、品質管理もぐちゃぐちゃ。AIに丸投げ。「素晴らしい」React。「海外のエンジニアリング」に持っていたイメージが、自分の目の前で崩れた瞬間だった。
SFのスピード感は本物だ。あのiterationの速さは日本と比較にならない。ただコードの品質で言ったら、日本は全然負けていない。むしろ強い。
それなのに「日本は品質改善が必要」みたいな話ばっかり流通してる。意味わからん。
「海外すごい」で飯を食っている人たちの話
先に断っておくと、海外の情報を追うこと自体は悪くない。ただ紹介のしかたが「日本には何もない」「海外だけが正しい」って空気をひたすら再生産してるのが問題だ。海外の情報を日本語に「輸入」することで価値を作っているアカウントがいる。「最新の海外テックを日本語でお届け」的なやつだ。
その中には、日本人の海外コンプレックスを食い物にしているように見えるものもある。日本語話者が英語の一次情報に直接アクセスしにくい状況が続く限り、「すごい海外の情報を翻訳してあげる」というポジションに価値が生まれる。日本人が自信を持ってしまったら、彼らの商売が成り立たない。
だから少なくとも一部にとっては、「海外はすごい」という空気を維持すること自体が商売になる。
別に海外に出ることを否定したいわけじゃない。給料の話をするなら海外、特にSFベースの環境は選択肢として十分ありだ。でもそれは経済的な話であって、「海外のエンジニアリングがすごいから出る」という話とは別だ。海外は別に万能でも聖地でもない。ただの別の市場だ。
マスコミも似た構造を持っている。海外のエンジニアが作ったものは「革新的」として扱われ、日本人が似たものを作っても「ニッチ」で片付けられることがある。
そしてひどいのは、どこに行っても詰めてくることだ。
「日本のエンジニアは世界で戦えない」と言う。でも海外に出ようとすると「英語もできないのに無謀」と言う。海外に出たら出たで「海外に逃げた」と言う。海外で成果を出しても「それはたまたま」と言う。
これはダブルバインドだ。どこに行っても詰められる構造が出来上がっている。そしてこの構造を維持することで得をしている人たちがいる。アホやん。Rorkで一緒に働いている仲間は、ほとんどが外からやってきた移民やoutsiderだ。普通に外から来て、普通にすごいものを作っている。インド人がベイエリアに行っても「インドから逃げた」とは言われない。日本人だけがこの罠に閉じ込められている。
呪いの正体
俺も呪いにかかっていた。
学校でいい成績を維持して、ストレートで大学を卒業して、いい会社に入る。博士号も取って、スタートアップでエグジットもして、財政的にもアカデミア的にも20代のうちに成功を収める。そういう一本道を信じて疑わなかった。ストレートな人生のレールから外れることが怖かった。今思えば完全に呪いにかかっていた。
この呪いはどこから来るのか。親、周り、そして受験戦争だと思っている。
日本の受験システムは「正解がある」「レールがある」「そこから外れたら負け」という感覚を、かなり強く叩き込む。偏差値、志望校、合格ライン。全部に正解がある。そしてその正解に向かって最適化することが「頑張ること」だと教えられる。
問題は、その思考回路を社会人になってからも引きずりやすいことだ。「エンジニアになるにはこのロードマップ」「キャリア戦略はこれ」「海外で働くにはこの手順」。全部、受験の延長線上にある。答えが決まっている試験に最適化する思考を、そのままキャリアに持ち込んでいる。
その呪いが初めて解けたのは、修士を休学したときだった。ストレートじゃなくなった瞬間、なぜか楽になった。「あ、外れても死なないんだ」とわかった。
海外に出て、さらに解けた。ロンドンのスタートアップのコードがクソだったとき、「あ、正解なんてどこにもないんだ」とわかった。
英語も同じだ。「正しい英語を喋らないといけない」という思い込みが、英語を話すハードルを無意味に上げていた。アメリカ英語が「正しい英語」として刷り込まれた結果、喋るたびに採点される感覚があった。でもbrokenな英語で現場に突っ込んでみたら、間違えても誰も気にしていなかった。自分だけがビクビクしていた。そもそも「ヨーロッパの人は英語喋れる」と日本ではよく言われるが、実際に一緒に働いてみると文法もめちゃくちゃだし訛りも強い人が普通にいる。でも彼らは気にせず喋るし、意見もぶつける。最初、英語ネイティブの同僚が何か言うとそれだけで「正しそう」に聞こえて、反論するのに妙に勇気がいった。中身じゃなくて、言語で萎縮していた。これも呪いだ。
日本では発音が正しくないとバカにされる、文法を間違えると恥ずかしい、という空気がある。学歴や教育レベルを持ち出して人を序列化する風潮もある。日本の義務教育のレベルは世界的に見ても高いのに、それを誇るどころか、学歴だけを取り上げて上下をつけたがる。「正しさ」で人を殴る文化が、英語にも技術にもキャリアにも染み出している。
イギリスで就職活動をしたとき、誰も自分の大学名なんか見なかった。そもそも知らない。ただの日本の大学だ。見られたのは何を作ってきたか、それだけだった。日本では大学名が人の価値を決めるような空気があるが、外に出たら誰も気にしていなかった。
ICUにいた頃、「欧米人みたいに振る舞わないといけない」「ネイティブみたいな英語じゃないといけない」と言っていた同級生が何人かいた。結局そいつらは日本で働いている。俺はbrokenな英語のまま突っ込んで、イギリスで働いている。
これは英語だけの話じゃない。「正しいアメリカ人の英語」を正解として叩き込まれると、気づかないうちに「欧米=正しい」という感覚が染み込む。それが技術・プロダクト・キャリア観まで広がっていく。海外のエンジニアが作ったものを無条件にすごいと思ってしまう、外資に行った人の意見を必要以上に重く受け取ってしまう、SFで働いてる人に萎縮してしまう。全部この呪いの延長線上にある。
受験勉強が作った「レールに従え」という呪い、英語教育が作った「欧米が正解」という呪い。これを一個ずつアンラーニングしていくことが、俺にとっての解放だった。
呪いを解くのに、特別なことは必要ないと思っている。ただ一歩踏み込んでみること。それだけで「あ、別に大したことなかった」とわかる瞬間が来る。
アンラーニング
俺のキャリアはぐちゃぐちゃだ。共同創業者、フリーランス、OSSデベロッパー、AIエンジニア、海外移住。修士は休学した。日本の「綺麗なルート」からはとっくに外れている。でもなんとかなった。というかそっちの方が面白かった。ぐちゃぐちゃだったから今がある。一本道を歩いていたら、たぶん今の自分はいない。
勉強するより手を動かすことにした。俺のGitHubには400以上のリポジトリがある。面白そうだと思ったらすぐ作って公開する、それを繰り返してきた。ccusageもそのうちの一つだ。Claude Codeのトークン使用量を可視化するCLIツールで、欲しくて2時間で作ってそのまま公開した、ただそれだけだ。キャリア戦略も、monetise計画も、何もなかった。たまたまバズってしまった。
これは偶然だ。でも偶然じゃないとも思っている。400回ガチャを引き続けたから、一回当たった。一生準備運動だけして終わるより、とりあえず公開する方がずっといい。SNSでよく流れてくる「フルスタックエンジニアになるにはこの技術が必要」みたいな投稿を見るたびに思う。いつまで受験生の思考回路なんだ、と。
フルスタックとかなんとかエンジニアになるにはこの技術わかってないといけないみたいな投稿めっちゃ流れてくるけど、お前らいつまで受験生の思考回路なんだよ 目の前の!課題を!解くの!スキルセットとかじゃないの!解くの! 一生準備運動だけして人生終わるぞ
目の前の課題を解くのがエンジニアの仕事で、skill setを揃えることが目的じゃない。一生準備運動だけして人生終わるぞ。そしてもっとタチが悪いのは、この受験脳を食い物にしてエンジニア向けの情報商材を売っている奴らだ。「これを学ばないと置いていかれる」「このロードマップに従え」と不安を煽って、教材やコースを売りつける。受験勉強の延長線上にある「正解を教えてもらう」という思考回路につけ込んでいる。誤解のないように言っておくと、留学や海外就職のためのビザの手続きとか、制度的に必要な情報を提供している人たちは別だ。ああいうのは本当に助かる。そうじゃなくて、エンジニアとしてのスキルを「これもあれも必要」と不安を煽って商材にしている連中の話だ。
「正しいキャリア」も「正しいエンジニア像」も最初からなかった。ccusageがここまで跳ねるとは思っていなかった。何も予測できないなら、動き続けるしかない。
日本だけじゃなく、「上の言うことに従え」「レールから外れるな」という圧力は色んな場所にある。親、先生、上司、社会。「お前にはできない」と言われ続けて育つ。俺も親から散々言われ続けた。その声は大人になっても頭の中に残る。でもその声は、自分の可能性を見ていた言葉じゃなかった。その人たちには、レールの外側が見えていなかっただけだ。
無視されてるだけだ
俺の話ばかりしてしまったが、本当に言いたいのはここだ。
日本にはすごいOSSエンジニアがたくさんいる。世界水準で戦っている人たちが、普通にいる。でもその事実は、日本語コミュニティの外側では十分に語られていないし、内側ですら過小評価されることがある。Findyやtoyokumoのように日本人エンジニアの成果をちゃんと評価してお金を出してくれる会社もある。本当にありがたい。ただ全体として見ると、日本企業が日本人エンジニアの成果にスポンサーするより、海外発のイベントやプロダクトにお金を出す方が多い。
実態を一つ話すと、ccusageのメンテナを日本で募集したとき、誰も声をかけてこなかった。日本でめっちゃ使われてるのは知っていた。それでも反応はなかった。一方で、ccusageを見て「うちに来ない?」とhiringのオファーをくれたのは全部海外の企業だった。日本企業はどっちもしなかった。
そして海外の企業が自分を雇ったのは、自分が日本人だからじゃない。作ったものを見て声をかけてきた。それだけだ。なのに日本では「日本人なのに海外のスタートアップに入れてすごい」みたいな文脈で語られることがある。喜んでくれてるのはわかる。でもその「なのに」の裏には、「日本人は普通ダメ」という前提が透けている。自分を卑下する呪いだ。
#ccusage をお使いの企業様へ【拡散希望】 今回日本に滞在して、予想以上に多くの企業様で #ccusage が使われている話を聞いて驚きました。ありがとうございます。 ジョークツールから始まった個人プロジェクトがここまで大きくなっていることに大きな喜びを感じています
あるMeetUpで、自費で日本に来てccusageの発表をした直後に「俺も似たようなの作ってるんだよね、あ、そういえば今度MSの社長が登壇するから見に来てよ」と言われたこともある。リスペクトがないなと思った。
もちろん、日本でも声をかけてくれた人、応援してくれた人は大勢いた。大多数はそうだった。ただ構造的な話をしている。
一方、Londonのイベントではこういうことが起きた。
“I built ccusage and because of that I got a job” @ryoppippi at Claude Code Anonymous @ London
日本人の成果を無視し続けて、「日本からは世界で戦えるエンジニアが生まれない」って自分で言ったことを自分で本当にしてるだけだ。ただのマッチポンプだろ。
あの頃の自分へ
海外に出ること、レールから外れること、そのハードルに気づいたら外から課されていたわけじゃなかった。自分が作り出していた幻想だった。そして幻想は、捨てられる。
受験戦争が作った「正解の道を歩く思考」も、英語教育が作った「欧米=正しい」という無意識も、「海外すごい」で飯を食っている人たちが煽り続けた恐怖も、親や年上に「お前にはできない」と言われ続けた声も、全部自分で捨てられた。
brokenな英語でも仕事できた。ぐちゃぐちゃなキャリアでも、綺麗なルートから外れても、なんとかなった。というかその方が面白かった。400回ガチャを引き続けたから、一回当たった。
考えるより動いてよかった。準備が整ってからじゃなくてよかった。完璧じゃなくてよかった。とりあえず作って、とりあえず応募して、とりあえず喋ってみた。行動した先にしか見えない景色があった。
応援してくれる人の存在には気づいていた。でも、詰めてくる声の方にばかり耳を傾けていた。そういう人は思ってるより少ないし、詰めてくる声より、ずっと大事だった。
宣伝
3月31日(火)19:00から、tech_world18が主催するオンラインイベントに登壇する。
一緒に登壇するのは、この記事でも紹介したKeiさん、そしてDenoでソフトウェアエンジニアとして働くmaguroさん。
「海外エンジニアはすごい」という話をしに行くつもりは全くない。興味があればぜひ!